2013年12月18日

「幸福」とは「才能」である

遠い先々のことまで見渡す見地に立てば、自分の力で人生を選択できるだろうかといった不安や恐怖心や疑問から自由になり、永久に生きようとする人たちに対するやましさを拭い去ることができる。


確かに、この地上で生きるのは束の間だが、そのわずかな時間は、少なくとも自分にとって楽しいものであるべきだ。


誰のものでもない、自分自身の人生なのだ。


自分のやりたいように生きることだ。


だって、あなたの人生はあなたのものなのだから。


あなたの人生の主役はあなた。




●「幸福」とは「才能」である


自主的な人間いなるためには、いくつかの常識化してしまった神話を捨て去る必要がある。


まず手始めに捨て去るべき神話は、「知能は読み書きや計算能力等で測定することができる」という神話だ。


この手の神話により、一種の知的偏重が助長され、ものの見方がが歪められる結果が生じる。


いわゆる知能を測定するためのよりいっそう確かなバロメーターは、1日1日を、そして、さらに1日のうちの一瞬一瞬を、効果的に幸せに生きているなら、そういう人こそ


「知的」だと言える。


確かに「問題の解決」は幸福になるために役立ちはするが、たとえある特殊な問題を解決する能力はなくとも、幸福な生き方を選ぶことはできる。


最低限、不幸を選ばないということをわきまえている人は知的だ。


自分の芽を摘む、「もうひとりの自分」をのさばらせないこと。



posted by ホーライ at 21:13| Comment(0) | 自分のための人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする